絵画に描かれるヴィーナスは一体どんな意味を持つのか?
ヴィーナスが描かれた名画を紹介しながら解説します。
絵画に描かれるヴィーナス(ウェヌス)の意味
ヴィーナス(ウェヌス)は、ローマ神話に登場する愛と豊穣の女神です。
彼女はウェヌス・ジェネトリクス(生殖の女神)としても知られ、ローマ帝国では愛と繁栄の象徴とされました。伝説によれば、彼女は海から生まれ、ゼウス(ユーピテル)とダイアナ(ユーノー)の娘とされます。
ヴィーナスは美しさ、誘惑、そして愛の女神として崇拝され、多くの詩人や芸術家にインスピレーションを与えました。
愛と豊穣をつかさどる神ということで、ヴィーナスのモチーフは結婚の記念画にもよく用いられています。
ヴィーナスとウェヌスとアフロディーテの違い
「ヴィーナス」と「ウェヌス」と「アフロディーテ」は、一般的には同一の女神という認識がされていますが、下記の違いがあります。
アフロディーテ:ギリシャ神話に登場する女神
ウェヌス:ローマ神話に登場する女神
ヴィーナス:ウェヌスの英語読み
アフロディーテとウェヌス(ヴィーナス)は厳密に言えば少し異なるものです。
時系列としてはまず、ギリシャ神話において愛と美の女神アフロディーテが誕生します。
その後、ギリシャの文化が花開いて何百年か経ったころにローマ人がローマ帝国を築き上げ、ローマ人は偉大な先行文明であるギリシャから文化をどんどん吸収していきました。
そして、ギリシャ神話をローマ風にアレンジする際に、アフロディーテの代わりにローマの神々の一人ウェヌスを当てたのです。
本来、ウェヌスは野菜の生長をつかさどるあまり重要ではない神だったので、アフロディーテと同一視されるようになってラッキーだったかもしれません。ウェヌス以外のローマの神々もみんな、元々は無個性で存在感が薄かったのだとか…
ヴィーナスが描かれた名画
サンドロ・ボッティチェッリ《ヴィーナス誕生》
ルネサンス期、フィレンツェ派の画家、サンドロ・ボッティチェッリの《ヴィーナス誕生》という作品です。
サンドロ・ボッティチェッリ《ヴィーナス誕生(La Nascita di Venere)》1485年 ウフィツィ美術館
この絵は、ヘシオドスの『神統記』で語られている、ヴィーナスの誕生についての物語を表しています。
農耕の神クロノス(ゼウスの父。時を司るクロノスとは別神)が、その父である天空神ウラノスの男性器を鎌で刈り取って海に投げ捨たところ、その肉塊から泡が湧きだし、泡の中からヴィーナスが誕生した。泡のなかで成長したヴィーナスは、西風の神ゼピュロスに吹かれてキプロス島に上陸した。
《ヴィーナス誕生》は《ラ・プリマヴェーラ(春)》と対になる作品で、こちらは永続的な美の象徴である「天上のヴィーナス」を描いたとされています。
サンドロ・ボッティチェッリ《ラ・プリマヴェーラ(春)》
ルネサンス期、フィレンツェ派の画家、サンドロ・ボッティチェッリによる《ラ・プリマヴェーラ(春)》という作品。
サンドロ・ボッティチェッリ《ラ・プリマヴェーラ(春)(La Primavera)》1480年 ウフィツィ美術館
中央に描かれたヴィーナスは、裸体の《ヴィーナス誕生》とは対照的に優美な白いドレスを身につけています。
こちらの作品では、世俗的な美を象徴する「地上のヴィーナス」を描いたとされています。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《聖愛と俗愛》
ルネサンス期、ヴェネツィア派の画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオの《聖愛と俗愛》という作品では、「天上のヴィーナスと地上のヴィーナス」が描かれています。
どちらが「聖なる愛(天上のヴィーナス)」でどちらが「俗なる愛(地上のヴィーナス)」か分かりますか?
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《聖愛と俗愛》1514年 ボルゲーゼ美術館
現代人の感覚としては、左の白いドレスを着た女性の方が清楚で神聖に、右の赤い布をはだけている女性の方が世俗的な印象を受けるかもしれません。
しかし、実は、裸体の女性が「聖なる愛」を表し、着衣の女性が「俗なる愛」を表しているとされています。
なぜ、聖なる愛(天上のヴィーナス)が官能の女神らしく描かれ、俗なる愛(地上のヴィーナス)が純潔の象徴である白のドレスに身を包んでいるのか?近々、別の記事で解説します。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ウルビーノのヴィーナス》
ルネサンス期、ヴェネツィア派の画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオの《ウルビーノのヴィーナス》は、結婚のお祝いとして描かれた作品です。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《ウルビーノのヴィーナス》1538年 ウフィツィ美術館
ベッドに寝そべる愛の女神ヴィーナスの手には、彼女の持物であるバラが描かれています。
窓のあたりに置かれた鉢植えはギンバイカで「貞操」を表すシンボルです。
ヴィーナスの足元で寝ている犬もまた「貞節」や「忠誠」を表します。(ぐっすり寝てしまっていますが…)
女神ヴィーナスを描いた作品ですが、誘惑するような目、ほどけた髪、乱れたシーツなど、あえて魅力的な高級娼婦としても受け取れるようにティツィアーノは描いています。
ルーカス・クラーナハ《ヴィーナスに不平を言うキューピッド》
北方ルネサンスの画家、ルーカス・クラーナハによる《ヴィーナスに不平を言うキューピッド》という作品。
ルーカス・クラーナハ《ヴィーナスに不平を言うキューピッド》1526-1527年 ロンドンナショナルギャラリー
蜂に刺されたキューピッド(クピド)がヴィーナスに不平を言う場面です。
キューピッドはヴィーナスの息子とされ、絵画ではヴィーナスのアトリビュートとしてセットで描かれます。
こちらのヴィーナスは、16世紀のドイツで当時流行したファッションアイテムを身につけている点が面白いですね。
「ビレッタ」という大きな帽子と「ドッグ・カラー」と呼ばれるチョーカーは、ヴィーナスの白い肌を一層際立たせています。
アーニョロ・ブロンズィーノ《愛の寓意(愛のアレゴリー)》
マニエリスム期のフィレンツェの画家、アーニョロ・ブロンズィーノによる《愛の寓意(愛のアレゴリー)》。
アーニョロ・ブロンズィーノ《愛の寓意(愛のアレゴリー)》1542年 ロンドンナショナルギャラリー
愛と美の女神ヴィーナスの持ち物である、バラ、金色のリンゴ、真珠、キューピッド(クピド)が一緒に描かれています。
マニエリスム特有の複雑な構図と歪んだ身体、意味ありげなモチーフの数々が非常に印象的ですね。
左下のキューピッドの足の部分は、イギリスのコメディグループ、モンティ・パイソンのオープニングアニメーションでコラージュ素材として使われていることでも知られています。
アレクサンドル・カバネル《ヴィーナス誕生》
19世紀のアカデミック美術・アカデミスムを代表する画家、アレクサンドル・カバネルによる《ヴィーナス誕生》という作品です。
アレクサンドル・カバネル《ヴィーナス誕生》1863年 オルセー美術館
ポーズすら取らず、無垢な姿をさらけ出すヴィーナス。
1863年のサロン・ド・パリ展に出品された作品で、アカデミックの最高峰の絵画として高く評価されました。
この作品とよくセットで語られるのが、サロン・ド・パリ展で落選となったマネ《草上の昼食》です。
19世紀半ばの当時は、「聖書や神話がテーマであればヌードを描いても許されるが、現実の女性のヌードは不道徳」という価値観がまだ残っている時代。
マネの《草上の昼食》は現実の女性のヌードを描いたために大問題となり、一方で、明らかにエロティックに描かれた、カバネル《ヴィーナス誕生》の方は、あくまでも神話をテーマとしているために当時は問題とならず、高評価を得ました。